東日本巨大地震に遇われた方々、心からお見舞いご冥福をお祈り致します・・・

東日本巨大地震・津波、それによる原発破壊で
多くの方がが被災され、多くの方が亡くなられました。

もっと早く書き込みたかったのですが、
余りにもショックが大き過ぎて・・・
又、16年前の阪神・淡路大震災の事が忘れられず
今日になりました。

1ヶ月経ったんですね。
辛いです。
日本の東側があんなに悲惨なめに遇うなんて想像もしませんでした。

阪神・淡路大震災の時・・・
彼と二人の子どもはインフルエンザに罹り熱を出して寝ていました。
神戸等からは離れてはいましたが、ユッサユッサと言う鈍い揺れが大分続きました。
一端止まって、私は元気だったので大きめの鞄2~3個に大事な物や
1月7日でまだまだ寒かった為、家族の防寒服をつめて
ドアというドアは全部開けて
その当時乗っていた四駆のデリカと彼のスカイラインのキーを用意して
次揺れが襲ってきたら逃げるようにしました。

でも私には仕事がありました。大事な・・・仕事。
高校受験の為の第2回懇談があったんです。
でも行く前にTVを着けた時神戸は・・・本当に大変な状態でした。
それでも仕事に行かなければならないのか辛かったです。
兵庫・大阪には友達が数人いましたが、考える事ができませんでした。
後になって10年位経って再会した時謝りました。
私の両親も叔父さん夫婦2組とで西日本側の温泉に行ってて
連絡がつかず、従姉妹達と連絡を取り合いながら
帰りを不安げに待ってました。

そんな事があって、今回の巨大地震を受け止める事も
まともに見る事もできませんでした。

今はずっと東日本巨大地震・津波・原発事故でお亡くなりになられた方の
ご冥福を心からお祈りし続けています。
1日も早く町が復興し皆様の御霊がふるさとで安らいで下さる事をお祈りしております。
そして被災に遇われた多くの方々、明るさと元気を取り戻し
1日も早く町が復興し皆様のふるさとで元の暮らしができますようにお祈りしております。
まだ行方不明の方々、たくさんの人が救助にあたってくれてます。
諦めず、負けず、どうか1日でも早く一人でも多くの方々が救助させますように
心からお祈りしております。
そして皆さんが1日も早く町が復興しふるさとで皆様が元の暮らしに戻るよう
切に心からお祈りしております。

今日までこの事を書けなかった事をどうかお許し下さいませ。

日本の皆さん、明日は我が身でです。
それを忘れず、日本国民が心を一つにしてがんばって行きましょう。

合掌

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